2007年09月21日

床屋のおいさん的 赤・白・青の秘密

以前からお約束でした床屋の前でクルクル回っている物の正体を明かします。
正式名称は、
サインポール」と言います。
何故、・白・なのか・・・・諸説いろいろあります。
・・・・動脈
・・・・静脈
白・・・・包帯の説
でも、これは、間違いで・・・本当は、


理容店の看板の「・白・青」のあの3色は、かつて理容師が外科医を兼ねていたことに起因しています。
中世のヨーロッパでは、理容師の仕事は髪をカットしたり髭をシェービングすることにとどまらず、歯の治療や傷の手当てまでを行う「理容外科医」という職業でした。7、8世紀頃には既に職業化していたそうですが、理容の歴史は、後に医学が発達するようになり、外科が医学の分野として記録されるようになった12、3世紀頃から外科医史に登場します。


その当時のポピュラーな治療法のひとつに、『瀉血(しゃけつ)』がありました。その様子は、14世紀に出版された「ラトレルの聖詩篇」に描かれていますが、これは「身体の悪い部分には悪い血が集まる」という考えから、その部分の血を抜き取るという治療法でした。
治療に際しては、患部を切開して血を抜き取る際に、患者に棒を握らせ、腕を固定し、そこを伝って受皿に落ちていくようにしていましたが、術後に血のついた棒をそのままにしておくのは衛生上好ましくないとのことから、その棒を赤く塗って使用するようになりました。
その棒は、barber-surgeon's pole(理容外科医の棒)と呼ばれ、後にbarber's poleつまり理容店の棒と呼称されるようになったといわれています。
治療が終わった後、洗浄したその棒と傷口に巻いた包帯を店の軒先に干していたところ、風に吹かれてその包帯が瀉血棒に螺旋状に巻き付き、バーバーポールが転じて理容店の看板・サインポールの原形になったと言われています。
後に、1745年にイギリスで、理容師のユニオン(組合)と外科医のユニオンが分裂した際に、外科医は赤白に、理容師は青を加えることが定められたため、理容店の看板が今日の赤・白・青の3色になったといわれています。
この他にも、ナポレオンが最終的敗北を被ったワーテルローの戦い(1815)の際、野戦病院の入口にフランス国旗を旗棒に巻き付けておいたものが、そのはじまりとする説もありますが、年代的にみて「瀉血棒説」の方が確実で信憑性の高いものであるようです。

全国理容生活衛生同業組合HPより 
西洋では、理容師は、医者もかねてたんですね
ご理解いただけました?


 

  

Posted by 床屋のおいさん at 07:33Comments(3)TrackBack(0)

2007年09月19日

床屋のおいさん的 キャンペーン!!

今回は、お仕事編です。
女性の方必見です。

いろんな行事の前にお顔のお手入れをしてみませんか?
  クレンジング
  シェービング(機械で磨いだカミソリとの違いを感じてください。)
  フェイストリートメント(パックやマッサージなどです。)
  個室でゆっくりとプライベートが保てます。

フルコースで¥4000のところを¥3,675(税込み)でさせていただきます。
この機械に是非お越し下さい。お待ちしています。


たまには、仕事の事も書かんか~!!と怒られた床屋のおいさんでした。

  

Posted by 床屋のおいさん at 16:57Comments(0)TrackBack(0)お仕事!!

2007年09月19日

床屋のおいさん的 神頼&ドライブ

18日は、月に一度の月・火の連休でした。
以前に杵築の(旧大田村)にある白川稲荷秋季大祭に参加してきました。
商売繁盛と家内安全を祈願しほんの少しのお神酒と(口をつけただけですけど)御穀(赤飯)を頂きました。帰りにお土産まで頂いて帰りました。
その後、山香から県道42号線にのって安心院へ行きました。
以前、アクティブおおいたさんのプレゼントで当った安心院旅行村の中になる
朝霧の庄にランチを食べに行ってきました。
この人と↓

二人でてんぷら定食を頂きました。”満足です”
お店で気がついたところは、水が美味しかったこと(当然お料理もおいしんですよ)
やっぱりワインを作るところだけに水は、大切なんですね~
美味しくご飯を頂いてそのまま別府を目指し500号線へ
途中

アフリカンサファリのところで今まで経験した事の無いような”濃霧”まるでホワイトアウト状態
でした。なんとか無事に帰っては、来ましたが・・・怖かった・・・・

  

Posted by 床屋のおいさん at 13:17Comments(5)TrackBack(1)

2007年09月05日

床屋のおいさん的 奴が来た!!

 



奴が熊本から帰ってきた







紺のスターレットに乗ってやってきた。





鮮やかな緑のTシャツを着てやってきた。





 


大きな目をクリクリさせてやってきた




 




誰でしょう?






写真をタテに出来んかった

見たことのある「あひる」の文字・・・・
もしや3代目?
いやいや




 



どんさんです

答えは、ドラックしてもらったらわかります。
初めて?いろんなことをお話させてもらいました。
今度、この格好でじゃんぐる密度の高い竹町を歩くらしいので
見かけたら声をかけてあげてください。




顔を剃るのに寝ているくどん氏です。
寝てる間に撮らせてもらいました。
許可はもらってませんが・・・・ごめん

  

Posted by 床屋のおいさん at 19:09Comments(2)TrackBack(0)

2007年09月04日

床屋のおいさん的神戸2泊3日船中2泊の旅。

日曜日(2日)に西大分港を出発しました。
今回は、おいさんが所属している
”全日本芸美会”の創立80周年の記念式典に参加するためです。
おいさんは、18才で神戸に修行に出ました。(出されたの方が正解かも)
その時に師匠や先輩の他お店以外で床屋の”と”から教えてもらった会です。

会場は、かつてダイエーがバブルの頃栄華を誇った新神戸オリエンタルホテル
今は、新神戸クラウンホテルの10F宴会場でした。

ま~写真は、空の会場ですが300人の出席者の中には、
業界のお偉いさん方がいっぱいでなんとも豪華な式典でした。

とにかく暑い日でこの式典の後、フェリーに乗る前に三宮の地下街で子どもたちに
お土産を買いへとへとになりながら帰ってまいりました。
船が古くて客室に「ガタガタ」と音が気になってなかなか練れない夜でした。

朝、おきて進行方向の逆に綺麗な太陽が出ていて思わず「パチリ!!」

何をしに行ったのかとにかくすごく駆け足の神戸でした。

  

Posted by 床屋のおいさん at 10:28Comments(3)TrackBack(0)

2007年09月01日

床屋のおいさん的 秋の備え?

おいさんの店の前には、花が置いてあります。
なるべくお客様に良い気分でご来店いただきお帰りいただくためです。
その準備として先ほどパンジーの種を撒きました。

百均で2袋100円のパンジーの種を4袋買って来ました。
まず、袋のまま冷蔵庫に2週間以上保存します。

(その後、種まきすると種が春と間違えて芽を出すんだそうです。)

肉の入っていたトレーを良く洗い少し厚いお湯で消毒して
コットンを置き1000倍に薄めたハイポネックスをひたひたに
なるまでしみこませてその上に種を置きました。
その時に綿棒を使うと一粒一粒綺麗に撮る事が出来ます。
これから、種が膨らんで芽が出だしたらポットに移し変えようと
思っています。

  

Posted by 床屋のおいさん at 10:18Comments(3)TrackBack(0)